地域情報

「地域情報」は、杉並、天沼地区の情報を提供させていただき、地域で起きる災害に対応したり、楽しい行事等の喜びを分かち合いたいと思います。皆様からの情報も掲載させていただきたくご提供をお待ちいたします。ご連絡は qqrh23789@river.ocn.ne.jp にお願いいたします。写真も使わせていただきますのでよろしくお願いいたします。

阿佐谷物語 その二十四 - 天沼熊野神社 -

神社の起こり

誕生時のお宮参りに始まり七五三、初詣、結婚式・・
と私たちの暮らしに神社は密接な関わりを持っています。

八百万(やおろず)の神という言葉があるように、日本人は森羅万象あらゆるものに神を見いだし崇めてきました。神社は文字通り神の社(やしろ)で屋代が語源です。屋は家で代は代わり。つまり古くは神が降臨した聖なる場所(大きな石や樹木)に榊などを立て家の代わりにしたことから屋代と呼ばれ、後に社の字が当てられたとの説があります。この仮屋が次第に常設化して社殿が発達してきたと考えられているようです。今回は地域の氏神である天沼熊野神社を訪ねました。

天沼熊野神社の縁起

杉並区教育委員会の解説文に「この神社は旧天沼村の鎮守で伊邪那美命(いざなみのみこと)が祭神として祀られています。創立については一説に元弘三年(一三三三)新田義貞が北条高時を討つため鎌倉に軍を進める途中、この地に陣を敷き社殿を創設したとも伝えられ、その後応永二年(一三九五)朝倉三河守という武将がこの地に帰農した際、社殿を修復し十二社権現と称するようになったと言われています。熊野神社と名称を改めたのは明治維新以後のことです」とあります。

「午後から子ども達のサッカー試合があるんですよ」とにこやかに現れた渡辺宮司さん、スポーツウェアもしっくりと、いつも見馴れた袴姿より一層若々しい感じです。

「もとは海上自衛官として飛行機に乗っていたんですが、転職を考えていた時に妻の父からさびれた神社があるから再建してみないかと言われまして・・」見るだけでもと来てみたら、うっそうとした樹木に囲まれた朽ちかけた社の姿に心打たれたそうです。「お前がやれという神の啓示を感じました」

三十三歳で一念発起、國學院大學で神職の勉強を修め平成二年、天沼熊野神社に任官しました。それまで常駐の神官がなく寂れていた境内のまず神楽殿を建て替えたいと寄進のお願いに。「初めての土地で千軒余りの氏子さん宅回りは大変でした」白装束に威儀を正し使命感を胸に映、その熱意と誠意は人の心を動かします。

 浄財も集まり平成三年めでたく神楽殿が落成しました。続いて七年には社殿も新しくなり、開放的な明るさの中に静寂と安らぎのある社(もり)を配した神社に生まれ変わりました。年毎に賑わいを見せる初詣には「ひとりひとりお祓いをさせていただいて、お顔なじみも増えました。この頃はうちの神主さんと言われたりして嬉しいです」保護士、子どものサッカーチームコーチ、消防団など十五年の積み重ねが地域にしっかり根付いた証ですね。これからも″神主は氏子と神をつなぐ役″を信条に地域のために尽くしていきたい・・・と。

 お話を伺って、神様が身近になりました。(○七・三・十七取材)

(「阿佐谷きずな」 No.27 地域福祉活動ニュース 2007.4.5 発行 杉並区社会福祉協議会)

防災訓練

防災訓練は平成16年11月12日(日)に行われました。旧天沼村地域の町会が集まって八町会という会を作っていまして、その八町会が企画して催されました。

昔からの人々の繋がりが切れずに今日まで続いています。

天沼地区町会連合会が「第10回防災まちづくり大」賞で消防科学総合センター理事長賞受賞しました!(荻窪消防かわら版)
http://www.tfd.metro.tokyo.jp/hp-ogikubo/kawaraban.html

早朝散歩で健康

5時ごろから天沼熊野神社に参拝をされる方がいらっしゃいます。毎朝、健康維持を目的に散歩をされる方も多いようです。途中、天沼熊野神社の参拝がその日の活力のスタートとされる方も多いようで、嬉しく思います。

天沼小学校サッカー部 念願の初優勝、Gリーグへ昇格

平成19年に「天沼のサッカー部は、20対0で負けてしまうのです。何とかして頂けませんでしょうか。」とお願いされ。「平日の練習だけならばお手伝いしますよ」とコーチを引き受けて5年。

杉並区の小学生サッカークラブは37チームあり、AリーグからGリーグまでの7段階に分けて各リーグ戦を行っています。その中で、天小、以前の杉五も万年最下位のGリーグだったのです。天小は学校のサッカー部ですので監督は天小の先生ですが、平日の練習に先生が出てきたのは5年の内でたった1回だけで、平日の放課後の指導はなかなか出来ないそうです。ですから、私がお手伝いするまでは、キャプテンが3年生から6年生の部員をまとめて子供たちだけで練習をして来ました。

大人が子供たちに対してしっかり指導することにより、20対0で負けていたのが、10対0になり、3:0になり昨年一昨年には、たまに勝つ事が出来るようになり、これは平日のコーチが私一人から3人に増えた事が大きな力だと思います。そして、本年3月のGリーグ戦最終節、天沼、高井戸、杉六が巴戦で戦い、この3チーム共に優勝するチャンスがありました。

天沼は第一試合の杉六に5対1で勝ち、次の第二試合での高井戸に7:0以上で勝てば優勝することも出来る状況になりました。しかし、今まで勝ったことが無い、しかも7点とは、コーチから見るとかなり高いハードルと思えていましたが、前半戦を6:0で折り返し、後半戦に入るとベンチの子供たちが「あと1点、あと1点」と声援を送って、なんと瞬く間に1点を取り、あとは勢いに乗ったままついに11:0で勝利し優勝する事が出来ました。

子供たちの力は本当にすごい。サッカーがうまい子もうまくない子も、一人ひとりが出来る限りの力を発揮して、また、お互いを尊重して、一つのチームとなり、力を合わせて戦った成果でした。私達コーチ、先生、父兄もこの事は忘れないでしょうが、このことが子供たちの人生に素晴らしい力を与え続けてくれることと信じて疑いません。一つの目標に向かって、一人ひとりが努力を重ね、みんなで力を合わせると夢をかなえる事が出来ることを。

こんな嬉しい気持を子供たちが与えてくれるのでコーチはやめられないのです。また、たった一年でGリーグに降格しないようコーチの責任をひしひしと感じています。